とりあえずそういうことで

◆ 妖精事務員たみこ のオフィス図鑑 ◆

●精神衛生の掟 その1 忍び寄る黒い影 自殺戦隊シヌンダー登場!


 たみこは、その日、いやな予感がしていました。
 たみこのカンは、よくあたるのです。たみこは、このカンで年末ジャンボをあてて妖精王国復活の資金を作ろうと考えているくらいです。

 たみこが会社の廊下を歩いていると、正面から腕利きの営業マンでキャリアガール、全社員の羨望の的である竜子(りゅうこ)さんが、やってきました。
「おはようございます。この間の契約のうわさ聞きました。すごいですね。」
 たみこは、にっこりほほえみました。
「・・・」
 竜子さんは、無言で、たみこが小脇に抱えた大根丸を見ました。竜子さんの冷静な表情が、なんだかこわばっています。
「それは、なに?」
 竜子さんは、大根型ロボット大根丸をゆびさしました。
「大根です。ロボットなんかじゃないですよ。」
「大根!? なんで、会社で大根をもっているの?」
 竜子さんの言葉は心なしが震えています。会社の廊下で、大根を抱えたフリフリスカートの女の子にあったら、誰でもビビリますよね。
「大根もってないと落ち着かないんです。」
 竜子さんの瞳に、ありありと困惑の色が浮かびます。
「・・・・」
 竜子さんの目が、想定しない事態に対応しきれずに、落ち着きなく、そわそわと動き出しました。
「・・・いかん、危ない」
 たみこの後ろで、誰かがつぶやきました。たみこが、はっとして振り返ると、そこには、誰もいませんでした。ただ、たみこは、一瞬、黒い影が、廊下を横切って消えるのを見たような気がしました。
 たみこが、ふたたび正面を見た時、竜子さんの姿はありませんでした。
「竜子さん・・・」
 たみこが、あたりを見回すと、竜子さんは、床に倒れていました。しかも、手首から血が流れ出ています。
「きゃ・・・」
 たみこが悲鳴をあげそうになった時、後ろから誰かが口を抑えました。
「静かにしろ。ここは、オレ達にまかせるんだ」
 黒いシーツに、黒サングラスのスキンヘッドの男がふたりが、手際よく竜子さんに止血処理を行うと、タンカにのせて、連れてゆきました。血の流れた痕もあとかたもなく、ふきとられています。
「よし、もう大丈夫だ」
 たみこの口をあさえていた男が口から手を離しました。たみこが、その男を振り返ると、その男も黒ずくめでスキンヘッドでした。
「オレたちは、総務部精神衛生班。この会社で起こるサイコなことは全部オレ達が処理することになっている。」
「そんな部署があるなんて・・・」
 たみこは、あまりのことに声がでませんでした。
「まあ、どんな会社にも危ないヤツはいるからな。仕事ができるのと精神衛生は別物だ。」
 黒ずくめの男は、つぶやきました。
「リストカッターのお竜・・・人は彼女のことをそう呼ぶ。クライアントの数だけためらい傷があるのさ。あまりにも、仕事と自分自身に厳しかったのがわざわいしたんだろう。」
 連れてゆかれる竜子さんの腕には、無数の傷痕がありました。成功すればするほど、傷つくなんて、たみこは、ちょっと竜子さんがかわいそうになりました。
「気をつけてくれ、オレ達がつかんだ情報では、あんたは、社内の自殺常習者のグループから、ねらわれているらしい。あんたの大根とフリフリスカートの組み合わせが連中の神経を、さかなでするらしいんだ。じゅうぶん注意してくれよ。」
 黒ずくめの男は、たみこを指さしていいました。声には、たみこをせめているような感じはありません。
「服装とか、変えた方がいいのかしら。」
「それは、あんたの勝手だ。オレ達は、サイコなことがおきたら、処理するだけだ。予防は仕事じゃない。」
 そういい捨てると、男は、たみこに背を向けて、廊下を歩いてゆきました。

「おっと、今後のことがあるんで、社内の自殺常習者グループの名前を教えておこう”自殺戦隊シヌンダー”やつらは、自分達のことをそう呼んでいる。」
 男は、立ち止まると、振り向かずにいいました。
 謎の男を見送りながら、たみこは、ぼんやりと
「この会社では、頭がはげると総務にまわされるのかしら」
 と考えていました。


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