とりあえずそういうことで

◆ 妖精事務員たみこ のオフィス図鑑 ◆

●精神衛生の掟 その2 自殺戦隊シヌンダーからの刺客


 翌日も たみこは、いやな予感がしていました。
「今日も、自殺戦隊シヌンジャーがあらわれるような気がするわ」
 でも、実は、たみこは怖い反面、わくわくもしていつのでした。秘密組織にねわられるというデンジャラスな境遇をちょっとした冒険気分で楽しんでいました。
 たみこの期待とは裏腹に、その日は、なにごとも起こらず、もうすぐ退社時間になろうとしていました。たみこの会社の退社時間は、17:30なのですが、ほとんどの社員は、その1時間前から給湯室に集まっているし、30分前には机の片付けをはじめているのです。さらに退社時間の2時間前は、おやつとお茶の時間なのです。だから、たみこは、3時のおやつを食べるとすっかり仕事が終わった気分になってしまうのでした。
「今日は、もう大丈夫なのかしら・・・」
 たみこと同僚のみなみちゃんは、給湯室で時間をつぶすために、ふたりで連れ立って給湯室にゆきました。
 筆者注 「必殺シリーズ」のCDお持ちの方は、ぜひ、BGMにかけてください。
 給湯室の扉をあけると、ふたりの前に、黒い影がたちふさがります。
「たみこだな。自殺戦隊シヌンダー”首吊りの鉄”が貴様の精神を破壊する!」
 黒い影は、脚立の上にたった男性でした。”首吊りの鉄”と名乗った男性の首には、ロープがまきついています。男性は、脚立から勢いよく飛び降りました。
「ひえー」
 みなみちゃんとたみこがそろって、悲鳴をあげようとした時、ふたりの後ろでプシュッという音がしました。
 とたんに、ロープが切れて、”首吊りの鉄”は、もんどりうって給湯室の床にころげました。
「いててて」
 ”首吊りの鉄”は、だらしなく腰をおさえて、床にうずくまりました。
「あ、あなた達は・・・」
 後ろにいたのは、総務部精神衛生班でした。右手に、サイレンサーをつけたピストルをもっています。
「ピ、ピ、ピストル・・・」
 みなみちゃんが、びっくりして、大声をあげそうになりました。
「しっ! 静かに! しかたがないんだ。プラスチック爆弾で自爆するヤツまでいるんだから、こっちだって、これくらいはもってないと相手なんかできないぜ。」
 精神衛生班は、”首吊りの鉄”の腕をつかんで引き起こしました。
「さあ、たいしたケガじゃない。とっとと、職場にもどってくれ。」
「たとえ、オレが、倒されても、第2、第3の刺客が、おまえを襲う。おまえのような脳天気なやつは、われわれの敵だ。必ず精神を破壊してやる。」
 ”首吊りの鉄”は、にくにくしげにつぶやいて去ってゆきました。その背中には、なんともいえない中年管理職の哀愁がにじんでいます。
 − なんだか、”はぐれ刑事純情派”みたい” −
 たみこは、ふと、藤田まことの背中を思い出しました。

 たみことみなみちゃんは、さすがに給湯室で時間をつぶす気にはなれなかったので、そのままオフィスに戻りました。
 オフィスでは、アメリカから派遣されているボブが、今日のプレゼンのでき具合を自慢していました。ボブは、身体も大きく肉付きもよくて、見るからにアメリカ人といった感じの青年です。
 ボブのどこがおもしろんだかわからないアメリカン・ジョークに、みんながおつきいあいで笑っている中に、たみこ達も加わりました。
「ボブってアメリカではどんな活躍してたのかな?」
 誰かが、ふとつぶやきました。その瞬間、ボブの顔色がみるみる蒼白になりました。うつむいたボブの口から、ぶつぶつと英語のつぶやきがもれてきます。
 みんな、びっくりして黙ってしまいました。
「どーせ、ボクはアメリカから追い出されたんだよ。ノォーーーーーー!」
 ボブは、突然、顔をあげると、両手で頭を抱えて、絶叫しながら、走り出しました。ちょうど、窓際にたっている たみこの横をすり抜けて窓に一直線です。
「自殺戦隊シヌンダー 第3の刺客 ”ダイビングのボブ”! おまえの精神を破壊する! イエーイ!」
 ボブは、すれ違った瞬間、たみこにそう怒鳴りました。
 ボブが窓ガラスに体当たりしました。ものずごい轟音がして、窓ガラスが砕け散ります。しかし、その直後、ボブの身体は、そのまま窓ガラスがあった場所に浮いていました。
「ああっ、網が張ってある!」
 いつの間にか、窓ガラスのさらに外側に、透明な網が張られていたのでした。
「ジーザス! アスホール!」
 ボブが、またまた絶叫します。
「キャンプの時に、ジョンのおやつを盗んだのは、ボクなんだ。」
 ボブは、だんだんわけのわからないことを言い出しました。
「みんな、どいてどいて」
 総務部精神衛生班が、窓際に駆け寄ると、網にからまったボブを網ごと、タンカにのせてゆきました。
 ボブが鬼のような形相で、たみこをきっとにらみつけると、大声で叫びました。
「ゲイシャ、フジヤマ、シヌンダー!」
 たみこは、自殺戦隊シヌンダーの怨念の深さを感じたような気がしました。

妖精事務員たみこ

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