とりあえずそういうことで

◆ 妖精事務員たみこ のオフィス図鑑 ◆

●精神衛生の掟 その3 せまりくる恐怖の刺客たち


 目的もはっきりしないまま、次々と襲いかかる自殺戦隊シヌンダーの刺客に、さすがの たみこ も頭がくらくらしていました。脳みそがしびれるような、意味不明な攻撃を食らい続けて、正常な思考能力が衰えているようです。
「たみこくん、元気がないじゃないか?」
 声をかけてきたのは、経営企画室の沢登 泰三でした。若くして、エリートコースである経営企画室に抜擢された沢登は、全社員の羨望のまとです。
「あっ、たいしたことじゃないんです。いろいろあって疲れてるだけだと思います」
 たみこは、どきどきしながら答えました。
「たみこ君だよね。困った時には、いつでも相談してくれていいんだよ」
「えっ、あたしのことをご存知なんですか?」
「そりゃあ、社内で大根抱えてる社員は、君しかいないからね。はっはっはっ」
「いやだ、恥ずかしい」
 たみこは、誉められてもいないのに、照れながら頬を染めました。
「夜、ちゃんと眠れてないんじゃないかい? ぼくのおすすめの薬を飲んでみるといいよ」
 そういいながら、沢登は、ペットボトルぐらいのサイズのビンを取り出しました。ビンの中には、錠剤がぎっしり詰まっています。
「さあ、ためしに飲んでごらん」
 沢登の言葉に、たみこはびっくりしました。だって、いまはまだ仕事中です。
睡眠薬なんか飲んでしまったら、仕事ができません。
 たみこが躊躇していると、沢登は明らかにいらいらしてきました。
「なにをはずしがってるんだい? じゃあ、お手本を見せてあげよう」
 そういうと、沢登は、まるでジュースでも飲むように、薬ビンを口にあてて一気に薬を飲み込んだのです。飲みきれなかった錠剤が、沢登の口からあふれでて、床にバラバラと落ちます。
「ひぃー」
 たみこの口から言葉にならない悲鳴がでました。
「ふっ、自殺戦隊シヌンダーの貴公子 ”睡眠薬の泰三”とは、ぼくのことさ!」
 リスのように錠剤をほおばったまま、沢登こと”睡眠薬の泰三”が見栄をきりました。
 たみこは、失神しそうなくらい驚いてしまいました。あこがれの人だった沢登さんまで・・・。いったい、この会社には、どれだけのシヌンダーがいるんでしょう。
「ぼくの特技は、水を飲まずに、いくらでも錠剤を飲めることだ。ほら、見てごらん。これがぼくの必殺技『睡眠薬いっき飲み』さ」
 そういうと”睡眠薬の泰三”は、またまた薬ビンから錠剤をジュースのように流し込みます。
 ここまでくると、もはや恐怖という感覚はありませんでした。まるで、サルティンバンコを見ているようです。
 ♪仕事してー 自殺してー♪
 たみこが、呟くように歌いはじめた、その時です。
「“睡眠薬の泰三”! そこまでだ!」
 大きな声がして、黒い服の一団があらわれました。総務部精神衛生班です。サイレンサー付きのピストルを片手に“睡眠薬の泰三”に近づきます。
「ふっ。ぺぺぺぺぺぺぺぺっ」
 ”睡眠薬の泰三”は余裕の笑みを浮かべると、口からマシンガンのように睡眠薬の錠剤を噴出しました。
「うわっ! こら、やめろ!」
 唾液のついた錠剤を、すごい勢いで顔にぶつけられたら、総務部精神衛生班の武道集団だってたまりません。顔を手で覆いながら、足元に落ちた錠剤を蹴散らします。しかし、薬は糖衣錠でツルツルしているうえに、唾液でぬれています。うっかり足をすべらせた総務部精神衛生班の人たちは、次々に転んでしまいました。
 − いままでのシヌンダーと違って、なんか、ちゃんと芸があるわ −
 たみこは、ちょっとだけ感心してしまいました。
「しまった、腰をうった」
 えびのように腰を曲げながら、総務部精神衛生班の人たちは、おぼつかない足取りで“睡眠薬の泰三”を遠巻きにしています。
「さあ、たみこくん、ぼくと一緒に睡眠薬を飲もう」

 筆者注 井上陽水「夢の中へ」のCDお持ちの方は、BGMにかけてください。

 ”睡眠薬の泰三”は、睡眠薬でラリった足取りで、踊るようにして たみこ に近づいてきます。よく聞こえませんが、「うふっふー」とか歌ってます。
「あひぃー」
 たみこは、悲鳴をあげながら、逃げ惑います。
「うへへへ、ためこ くふん、 まはあああてえへへへへ」
 “睡眠薬の泰三”は、ろれつの回らない言葉を発しながら、たみこの後を追います。
「助けて、大根丸」
 たみこは、そういって、振り向きざま、大根丸で”睡眠薬の泰三”の頭を思い切り、殴りつけました。重い手ごたえがありました。
 “睡眠薬の泰三”は、そのままその場に昏倒してしまいました。
「よくやった たみこくん、すばらしい一撃だった。大根は折れなかったかね?」
 総務精神衛生班の人たちが、わらわらと中腰で近づいてきました。
「大丈夫です。この大根、特別なんです。」
 たみこは、そういいましたが、大根丸は、しっかりへこんでいました。あとで、修理しないといけないわ・・・たみこは、自殺戦隊シヌンダーにちょっとだけ憎しみを感じました。
「あとは、我々がやるから、君は職場に戻りたまえ」
 総務部精神衛生班は、介護老人のような様相で動き回りながら、たみこにそういってくれました。たみこは、あたしのせいじゃないのにと思いつつも「ご面倒おかけします」といって、ほっと一息、オフィスに戻ろうとしました。
 と、その時。安心したのもつかのま、どこからか大きな声が聞こえてきました。
「たみこ 覚悟しろ!」
 声は、窓の外から聞こえてきます。はっとして窓を見た、たみこの目には、まっ逆さまに窓の外を落下してゆく男の姿が見えました。
「オレは“落天のジョー”だ! とぅーとーららららあー」
 どうやら屋上から飛び降りてきたらしい“落天のジョー”は、あっという間に、たみこの視界から消え去りました。
 すぐさま、ぐしゃ、っという、鈍い音がしました。一瞬しか見えませんでしたが、やはり彼も“シヌンダー”の一員だったようです。
「ヤツが口ずさんでいたのは、シャンソンの“日曜日はダメよ”だ。落天のジョーは、“太陽がいっぱい”のファンに違いない。」
 少しへこんだ、痛々しい姿の大根丸が教えてくれました。人間界のシャンソンにも映画にも詳しくない たみこ は、大根丸が壊れてしまったのかもしれないと思いました。
「おそるべし、シヌンダー、とうとう大根丸の思考回路までに悪影響がでてしまったわ」
 たみこ は窓の外を見ました。“落天のジョー”は、駐車場の車のボンネットに激突して、奇跡的に助かったらしく、大騒ぎになっています。
「でも、こんなに毎日自殺騒ぎばかりで、会社は大丈夫なのかしら?」
 たみこは、小さな頭をかしげながら、オフィスに戻りました。

 さあ! いよいよ次号では、自殺戦隊シヌンダーを影であやつる大ボス=団塊の世代の「鉄鋼騎兵ダンカイダー」が登場だ!


妖精事務員たみこ

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