とりあえずそういうことで
◆ 妖精事務員たみこ のオフィス図鑑 ◆
●番外編 自殺戦隊シヌンダー 果てしなき戦闘の彼岸 3 ”絶対存在” vs ”首吊りの鉄”
自殺戦隊シヌンダーの一員“首吊りの鉄”は、今日も疲れていました。
仕事のできる男として期待されていたのは数年前までの話です。中途半端に昇進した“首吊りの鉄”は、映画かぶれで小津安二郎の話ばかりしている学生アルバイトの面倒をみたり、いまどき Happy99 に感染してしまう部長のマシ
ンをセットアップしたり、「芸能人も大勢やってくる素敵な集会」の勧誘ばかりしてくる専務の相手をしたりするのに時間を費やしていました。
定時になって、フロアから人が減らなければ自分の仕事をすることができません。自分がこの会社を引っ張っていくのだと信じていた“首吊りの鉄”にとって、この生活は拷問以外の何物でもありませんでした。
「この会社はどうなっているんだ」
“首吊りの鉄”は、誰もいなくなった深夜のデスクで、頭を抱えながら呟きました。
「まともなのは俺ひとりじゃないか」
“首吊りの鉄”の頬を涙がつたった、その時です。解脱戦隊ボクネンジンのひとり=“絶対存在”が微かな羽音を立てながら飛んできました。“絶対存在”は“首吊りの鉄”の耳元で囁き始めます。
「かっこいいなあ。鉄はこのフロアの羊飼いなんだね」
“首吊りの鉄”は、はっとして顔を上げました。
「羊さんがいっぱいいるね。うふふ、あそこの羊さんたちはちょっとおばかさんで可愛いな」
“絶対存在”は、アルプスの草原をわたる風のような声で、OLたちの席を指差しました。
「あっちの羊さんは、体も精神も弱ってるから気をつけてあげなくちゃね」
こんどは上司達の席を指差しながら、歌うような声で語りかけます。
「素敵な牧場だね。みんなユニークで楽しい仲間じゃないか。ほら、見てごらん。あんなところにペーターがいるよ」
「ペーター!」
“首吊りの鉄”は、非常口のマークに向かって叫びました。
「おやおや、ユキちゃんもいるぞ」
「ユキちゃーん!」
お局OLが机の上に飾っている、汚い熊のヌイグルミに頬擦りしながら“首吊りの鉄”は涙を流しました。
「大丈夫だよ、鉄。この世界はとっても素晴らしい。みんな素敵だ。何もかもが美しい。そうだろう? 鉄?」
「ああ、この世は美しい。OLも上司も和泉元彌も美しい」
“首吊りの鉄”はヌイグルミを抱えたまま窓の外へと目をやりました。“首吊りの鉄”の瞳に、夜の渋谷の風景は映りません。ただ、どこまでも遠くまで続くアルプスの山々が壮大に広がっていました。もちろん聞こえてくるのはヨーデルです。小鳥が囀り、蝶が舞い、暖かい光があふれる高原で、ブランコに乗った少女が揺れているのが見えます。赤いスカートをなびかせ、パンツを見せながら笑うその少女を見て、“首吊りの鉄”は声をあげました。
「あの少女は俺じゃないか…」
「解脱戦隊ボクネンジン“絶対存在”任務完了です。今や、“首吊りの鉄”にとってはコンビニ弁当も暖炉であぶったチーズです。人間なんて、かんたんに変わります」
“絶対存在”は、そういい残すと、仲間の元へと帰ってゆきました。
妖精事務員たみこ
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