とりあえずそういうことで
◆ 妖精事務員たみこ のオフィス図鑑 ◆
●番外編 自殺戦隊シヌンダー 果てしなき戦闘の彼岸 4 ”集合無意識” vs ”ダイビングのボブ”
”ダイビングのボブ”は、アメリカ人のくせに孤独を感じていました。
その日のボブは、自室に置いてある巨大な冷蔵庫の扉を、開けたり閉めたりしながら呟いていました。冷蔵庫からは巨大なバニラアイスが、どろどろと溶け出しています。
「居場所ガ ナイ・・・」
アメリカのオハイオ州に生まれ、典型的な苛められっ子として育った肥満児のボブは、持ち前の粘り強さで大企業に就職したものの、自分の能力をアピールすることもできない、ナチュラルにジョークを言うこともできない駄目なやつ(しかもデブ)として社内で疎んじられるようになり、「お前みたいな奴には日本がお似合いだ」の一言で日本の子会社へ飛ばされて来ました。
『周りがジャップなら、僕も陽気なアメリカ人に見えるだろう』。そう思ってワクワクしながら来日したボブではありましたが、現実はそれほど甘くはありませんでした。それはまるで、岩手の名家に生まれた娘さんが東京に嫁いだとたん、いきなり自由が丘で公園デビューを果たそうとするぐらいに無茶な話です。日本には、「それはそれ、これはこれ」という使い勝手のよい言葉があります。ボブはこのあたりを学んでいませんでした。
相手がジャップなら、どうせバレないだろうと考えたボブは「ジョン・ウェインは俺の叔父さんだ」などという嘘をついて人気者になろうと試みたのですが、周りの反応は冷ややかでした。もしかしたら、日本人は、インディアンほど騙されやすくないのかもしれません。
『…なあボブ。どうせなら、ケヴィン・クローニンの弟だって言ったほうが、合コンでは人気者になれるぜ。それを面白がる女は、みんな30過ぎてるけどな』。そんな同僚のジョークに、職場はどっと沸きます。自分が日本人のジョークの材料にされてしまったという事実に、ボブは深く傷つきました。
「僕ハ、コノ国デモ笑ワレルダケノ男ナンダナ…」
ボブが溜息をついた、その時です。ボブの耳に、深夜アニメの声優のような声が聞こえてきました。
「まだ気づいてないの? ボブ、あなたは人気者なのよ」
驚いたボブが振り返ると、そこには、大きな眼鏡をかけた少女のような妖精が羽ばたいています。衣装といい、髪型といい、まるで少女戦隊の中で一番地味なキャラみたいだとボブは思いました。
「あなたがスマートでハンサムだったら、嫌味なガイジンだと思われていたところだったわ」
「日本人はね、デブのアメリカ人が好きなのよ、ボブ」
「みんなは、あなたを笑ってるわけじゃないの。あなたがみんなを笑顔にしているだけよ」
「プレスリーの命日は、日本でもあんなに無意味に盛り上がるじゃない。久米さんだって大ハシャギだわ。それもプレスリーが太ったからよ」
「彼はまだオソレ−マウンテンで生きてるって伝説があるぐらい、この国も愛されているの」
「スモー・レスリングを見たことがある? 世界中から集められたデブが、神様みたいに祭られてるでしょう?」
「日本のヒーロー戦隊ものには、かならず太ってる人が一人いるの。豪快で力持ちなキャラって、本当は一番人気があるのよ。その証拠に、彼らは黄色のコスチュームを身にまとうことを許されているの。イエローがイエローを応援するのは当たり前でしょう?」
「だから大丈夫。七面鳥に甘いソースをかけても、バナナトーストを食べてもいいの」
「頑張って、太っちょのボブ。みんながあなたを応援しているわ」
“集合無意識”は、しゃべりながらヨサコイともチアともつかない得体の知れない踊りを踊ってボブの無意識を活性化しました。
“集合無意識”は可愛らしい声で言葉を続けます。まるでチアリーダーのようなコスチュームの“集合無意識”から励まされたボブは、まるでアメフトの選手にでもなったかのような気分で、冷蔵庫からチェリーパイを取り出し、むしゃむしゃと手づかみでそれを食べ始めました。
「解脱戦隊ボクネンジン“集合無意識”任務完了ですわ。彼はもう、身投げなんてしないでしょう。だって彼はもうイエローの戦士なんですもの」
“集合無意識”は、クスリと笑いながらそう言うと、仲間の元へと飛んでいきました。
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